読書百遍義自ら見るということ
読書百遍義自ら見る
この故事の意味は「読書百遍義自ずから見るとは、どんなに難しい書物であっても、繰り返し読むうちに意味が自然とわかるようになるものだということ」です。
勉強のためにプログラミング関連の本を読んでいますが、本当に自分は理解できたのだろうかとかちゃんと知識が身に付いたのだろうかと思うことが良くあります。
この故事が正しければ、何回も繰り返し読むうちに意味が理解できるようになるはずです。この故事のことを検索してみると、次の論文に目が留まりました。
読書百遍義自ら見るは正しいか
この論文は、神戸山手短期大学の田中裕先生が自身の講義のなかで、デカルトの「方法序説」を30回読み、学生の理解度をアンケートによって測り、理解度が向上するかどうかというものです。
ざっとこの論文を読むと、繰り返し読むことで理解度の向上が認められるということでした。個人の態度が理解度の向上と関係があり、継続と集中によって成果が得られることが分かりました。
感想
同じ本を何回も読むことで新たな気づきに出あう経験をしたことがあると人は多いと思います。僕は同じ本を何度も読み返すことはほとんどありません。 例えば、小説や漫画でも一度読むともう一回読み直すことはあまりありません。問題集とかも繰り返しやった記憶はないです。自分では飽き性だと思っているので、そうなっていると考えています。娯楽とかではそのようにして大丈夫だと思いますが、勉強では繰り返し読むことが必要なので、読み終わった本でも読み返したいと思います。
本を繰り返し読む内に内容が頭に入ってくるのと別に、読んでいる内にその人が成長して知識や情報が増えることで読むことができるようになることもあると思います。読書の仕方とかも関係あるんでしょうね。